エクセルの限界突破:不動産予実管理の改革
結論:エクセルの限界は「ツールの限界」ではなく「管理の仕組みの限界」です
最初に結論を申し上げます。不動産業の予実管理がエクセルで行き詰まるとき、問題の本質はエクセルというツールの性能にあるのではありません。一つひとつの事業の予算・実績・見通しを、組織として同じ数字で共有し、同じ数字で判断する「仕組み」が存在しないことにあります。エクセルは、その仕組みの欠如を、担当者の努力と工夫で埋め合わせてきた道具にすぎません。
不動産開発や建設プロジェクトの予実管理を、今もエクセルで行っている企業は少なくありません。エクセルは自由度が高く、計算も速く、誰でも使える、非常に優れた道具です。私自身、キャリアの長い期間をエクセルとともに過ごしてきましたし、今でも分析や試算には欠かせない道具だと考えています。ですから、本稿は「エクセルをやめましょう」という話ではありません。
実際、私のもとに寄せられる相談の多くは、「エクセルが使いにくい」という相談ではありません。「経営会議に出てくる数字が信用できない」「金融機関に説明するたびに数字の整合を取るのに苦労する」「担当者が辞めたら管理が回らなくなる」といった、経営そのものに関わる相談です。症状はエクセルの周辺に現れていても、病の根は管理の仕組みにあるのです。
問題は、「エクセルさえあれば管理できる」という考え方にあります。事業の数が数件のうちは、担当者がファイルを丁寧に管理していれば、それで十分に回ります。しかし、事業の数が増え、関わる人が増え、事業期間が長くなるにつれて、エクセルで組み上げた管理は、属人化とバージョン管理の限界という二つの壁に必ずぶつかります。ファイルが乱立し、誰の数字が正しいのか分からない。前任者の作ったファイルの中身を、誰も説明できない。こうした経験をお持ちの担当者は多いはずです。
エクセルからの脱却を考える企業の多くは、「システムを入れれば解決する」と期待します。しかし、私が見てきた限り、管理のルールを決めないままシステムを導入した会社は、ほぼ例外なく、システムの横に新しいエクセルのファイルを作り始めます。システムに入力する項目と、実際に経営会議で使いたい項目が合っていない。事業ごとの特殊な事情を入力する場所がない。結局、システムは会計や承認のための「入れ物」になり、本当の管理はまたエクセルに戻っていくのです。改革の順序を誤れば、道具を替えても何も変わりません。
私がエクセルからの脱却をお勧めするとき、それは「エクセルをシステムに置き換えること」を意味していません。「個人の道具で組織の管理を行っている状態」から、「組織の道具で組織の管理を行う状態」に移ることを意味しています。予実管理は、経営陣、事業担当者、経理、そして金融機関や投資家といった多くの関係者が同じ数字を見て判断するための、組織の仕組みです。組織の仕組みには、組織の道具が必要なのです。
本稿では、なぜ不動産業の予実管理はエクセルに頼りがちなのか、そもそも何を管理すべきなのか、エクセル管理が限界を迎えるサインは何か、そして限界を超えるためにどのような順序で改革を進めればよいのかを、私が現場で見てきた事例を交えながら、できるだけ具体的にお伝えします。不動産の開発・分譲・賃貸を手がける企業はもちろん、建設業や、長期・大型のプロジェクトを抱えるあらゆるプロジェクト型ビジネスの方に、参考にしていただける内容になっていると思います。
逆に言えば、管理の仕組みがしっかりと設計されていれば、道具の選択は二次的な問題になります。本稿の後半でご紹介する移行のステップも、システムの選び方ではなく、管理の仕組みの作り方を中心にお話しします。道具は、仕組みを支えるために選ぶものです。この順序を意識していただくことが、改革を成功させる最初の条件だと考えています。
なお、本稿で「不動産業」と申し上げるとき、主に想定しているのは、分譲マンションや戸建ての開発・分譲、オフィスや商業施設、物流施設などの開発、既存物件の取得と再生・売却、そして賃貸物件の保有・運営を手がける企業です。事業の形態はさまざまですが、「一件ごとに条件の異なる長期の事業を、数多く同時に動かしている」という点では共通しています。この共通点こそが、プロジェクト型ビジネスとしての不動産業の本質であり、プロジェクト管理会計の考え方がそのまま生きる領域なのです。
本稿は、2026年2月に公開した同じテーマのコラムを、大幅に加筆したものです。初版では、エクセル管理の限界の本質を属人化とバージョン管理の二点に絞ってお伝えしました。今回は、その二点をさらに掘り下げるとともに、不動産の予実管理で本当に管理すべきものは何か、限界を示すサインをどう見極めるか、そして改革をどのような順序で進めればよいのかを、より実務に即してお伝えします。
なぜ不動産業の予実管理はエクセルに頼りがちなのか
不動産業の予実管理がエクセルに頼りがちなのには、はっきりとした理由があります。それは、不動産事業そのものの性格に由来しています。
第一に、一件あたりの金額が大きく、事業ごとに条件がまったく異なることです。分譲マンションの開発と、オフィスビルの開発と、戸建ての分譲と、既存物件を取得してリノベーションしたうえで売却する事業とでは、収支の構造も、費用の項目も、事業の期間も大きく違います。同じ分譲マンションでも、土地を購入するのか、等価交換なのか、共同事業なのかで、収支の組み立て方が変わります。こうした多様な事業を一つの決まった形式に当てはめるのは難しく、事業ごとに自由に項目を立てられるエクセルが好まれてきました。
第二に、事業期間が長いことです。土地の取得から企画、許認可、着工、竣工、販売、引渡しまで、分譲マンションであれば数年がかりになることも珍しくありません。その長い期間にわたって、当初の事業計画と実績、そして最新の見通しを比べ続ける必要があります。事業のたびに独自の時間軸で組まれたエクセルのファイルは、この長期の管理に一見向いているように思えます。
第三に、「事業収支表」という業界の文化です。不動産業では、土地の仕入れを判断する段階から、事業収支表と呼ばれる計算表を作り、販売価格や建築費、利回りの前提を置いて事業の採算を検討します。この事業収支表は多くの場合エクセルで作られ、社内の稟議にも、金融機関への融資の相談にも、共同事業者との協議にも使われます。つまり、事業の出発点からエクセルが中心にあり、その延長線上で予実管理もエクセルで続けられていくのです。
第四に、パッケージソフトとの相性の問題です。一般的な会計システムは、会社全体の損益や勘定科目ごとの集計は得意ですが、数年にまたがる事業ごとの収支を、当初計画・実績・見通しの三つの軸で管理することは想定していないことが多いものです。結果として、会計は会計システムで、事業の収支管理はエクセルで、という二重の管理が生まれます。
こうした理由から、エクセルでの管理は不動産業にとってごく自然な選択でした。土地取得費、建築費、設計監理費、金融費用、販売費用、諸税など、案件によって項目立てが変わっても、柔軟にセルや行を追加できる点は確かに魅力です。しかし、この自由度の高さこそが、事業の数が増えたときに管理の複雑化を招く原因になります。事業が数件のうちは問題になりませんが、事業の数が増えるにつれて、エクセルの限界は静かに、しかし確実に近づいてきます。
加えて、不動産業には、少数精鋭の組織で大きな事業を動かすという特徴もあります。社員数は数十名でも、年間の売上が数百億円に達する会社も珍しくありません。一人の担当者が複数の大型事業を受け持ち、土地の仕入れから販売まで幅広い業務をこなします。管理部門も少人数で、専任の経営企画担当を置く余裕がない会社も多いものです。こうした組織では、使い慣れたエクセルで、担当者がそれぞれの工夫で管理を回すことが、最も手っ取り早い方法だったのです。
しかし、市場環境が変わりつつある今、この前提も揺らいでいます。建築費の上昇、金利の変動、販売価格の先行きの不透明さ。事業計画の前提となる数字が、かつてないほど大きく、速く動くようになりました。事業期間の途中で前提が変わるたびに、各事業の見通しを更新し、会社全体への影響を把握する必要があります。前提が安定していた時代には十分だったエクセルでの管理が、変化の激しい時代には追いつかなくなっているのです。
さらに、共同事業の多さも、エクセルへの依存を強める要因になっています。大型の開発では、複数の事業者が出資比率に応じて費用と利益を分け合う共同事業の形をとることがよくあります。事業者ごとの負担額や配分額を計算し、共同事業者との間で数字を確認し合う作業は、それぞれの事業の契約条件に合わせた個別の計算になりがちです。こうした計算を、事業ごとにエクセルで組み立てることは、担当者にとって自然な選択でした。しかし、自社の持分に応じた数字と事業全体の数字を正しく区別して管理しなければ、会社全体の業績見通しは誤ったものになってしまいます。
つまり、エクセルに頼ってきたこと自体は、決して誤りではありませんでした。問題は、事業の規模や数、そして事業環境が変わったにもかかわらず、管理の方法だけが以前のまま据え置かれていることにあります。管理の仕組みは、会社の成長の段階に合わせて作り変えていく必要があるのです。
私の支援先の中にも、年商が数十億円から百億円を超えるまで成長する間、管理の方法をほとんど変えなかった会社がありました。成長の初期に作られたエクセルの形式が、事業の数が数倍になった後もそのまま使われ、担当者が増えるたびに、それぞれの流儀で手が加えられていく。気づいたときには、同じ会社の中に何通りもの事業収支表の形式が並存していました。成長の速い会社ほど、管理の仕組みの見直しが後回しになりやすいのです。
不動産の予実管理で、本当に管理すべきもの
エクセルの限界を論じる前に、そもそも不動産の予実管理で何を管理すべきなのかを整理しておきたいと思います。管理すべき対象がはっきりしていなければ、どのような道具を使っても管理は機能しないからです。
一つ目は、事業ごとの収支の構造です。分譲事業であれば、収入の側に販売価格と販売戸数、支出の側に土地取得費、建築費、設計監理費、近隣対策費、金融費用、販売費用、諸税や諸経費が並びます。賃貸事業であれば、賃料収入、稼働率、運営費用、修繕費、そして保有期間の後の売却価格が加わります。これらの項目を、事業をまたいで同じ区分で集計できるようにしておくことが、比較や分析の前提になります。
二つ目は、時間軸です。不動産事業の収支は、いつ費用が発生し、いつ売上が計上され、いつ入金されるのかによって、経営への影響が大きく変わります。分譲マンションでは、一般に売上は引渡しの時点で計上されるため、竣工と引渡しの時期がずれるだけで、期ごとの業績は大きく変動します。事業全体の利益が同じでも、それがどの期に計上されるのかを管理しなければ、会社全体の業績見通しは立てられません。
三つ目は、当初計画・実績・見通しの三本立てです。土地を取得する時点で承認された事業計画、そこから実際に発生した費用と収入の実績、そして残りの期間の最新の見通し。この三つを常に並べて見られることが、予実管理の基本です。当初計画に対して、最終的な事業利益の見通しがどれだけ変わっているのか。その変化の要因は、建築費の上昇なのか、販売価格の見直しなのか、販売期間の長期化なのか。これが見えて初めて、打ち手を考えることができます。
四つ目は、資金です。不動産事業は、土地の取得や建築工事の支払いで先に大きな資金が出ていき、販売や引渡しによって後から資金が戻ってくる構造です。その間の資金は借入で賄うことが多く、事業ごとの資金収支と借入の返済予定を管理することは、会社の存続に直結します。事業の利益が確保されていても、資金の見通しを誤れば、会社は立ち行かなくなります。
五つ目は、指標です。事業利益率、投資利回り、内部収益率(IRR)、賃貸事業であれば純営業収益(NOI)など、事業の良し悪しを判断するための指標を、計画時と見通し時点の両方で把握しておく必要があります。
そして最後に、会計との整合です。事業ごとの収支管理の数字は、最終的には決算書の販売用不動産や仕掛販売用不動産、売上原価といった数字とつながっていなければなりません。管理上の数字と会計上の数字が一致しない状態では、どちらの数字を信じて判断すればよいのか分からなくなります。収益性が低下した物件の評価損の判断など、会計上の重要な判断も、事業ごとの見通しの数字を根拠に行われるのです。
こうして並べてみると、不動産の予実管理がいかに多くの情報を、長い期間にわたって、正確に管理し続けなければならないものかが分かります。これを、事業ごとにばらばらに作られたエクセルのファイルで担い続けることには、そもそも無理があるのです。
ここで一つ、具体的な例を挙げておきます。ある分譲マンションの事業で、当初の事業計画では事業利益率を15%と見込んでいたとします。着工後に建築費が当初の見込みより上昇し、さらに販売開始が半年遅れたことで金融費用が増えた結果、最新の見通しでは事業利益率が9%に低下しました。このとき経営陣が知るべきなのは、「利益率が6ポイント下がった」という結果だけではありません。そのうち何ポイントが建築費の上昇によるもので、何ポイントが販売の遅れによるものなのか。さらに、引渡しの時期がずれたことで、今期の業績見通しがいくら変わるのか。そして、借入の返済計画に影響は出ないのか。一つの事業の見通しの変化が、損益、期ずれ、資金という複数の面に波及していくのです。
このように、不動産の予実管理とは、一つひとつの事業の数字を、複数の視点から同時に、継続的に見続けることです。そのためには、同じ数字が、事業別にも、期別にも、資金の面からも、矛盾なく集計される仕組みが必要になります。
賃貸事業の予実管理についても、少し補足しておきます。賃貸物件を保有・運営する事業では、開発事業とは異なり、毎月の賃料収入と運営費用が長期間にわたって続きます。管理すべきなのは、物件ごとの稼働率、平均賃料、テナントの入れ替わり、修繕の計画、そして純営業収益の推移です。保有物件が数十、数百に増えれば、物件ごとの収支を個別のファイルで管理することは現実的ではありません。開発事業と賃貸事業の両方を手がける会社では、性格の異なる二つの事業の数字を、会社全体の業績見通しの中で矛盾なく統合する必要があります。この点でも、事業ごとのファイルに依存した管理は限界を迎えやすいのです。
これらの管理項目の中で、どこから手をつけるべきかと問われれば、私はまず「当初計画・実績・見通しの三本立て」を全事業で揃えることをお勧めします。三本の数字が同じ形式で揃えば、事業ごとの差異の分析も、全社の集計も、資金の見通しも、その上に積み上げていくことができるからです。
特に資金の見通しについては、事業ごとの収支の見通しと切り離して管理している会社が多いことに注意が必要です。財務の担当者が別のエクセルで資金繰り表を作り、事業担当者から支払いと入金の予定を個別に聞き取って更新している。この方法では、事業の見通しが変わっても、資金繰り表にはすぐに反映されません。事業の収支と資金の見通しが同じ基盤から導かれることが、不動産業の予実管理における一つの理想形です。
エクセル管理が限界を迎える5つのサイン
では、エクセルでの管理が限界に近づいていることは、どのようなサインで分かるのでしょうか。私が現場でよく目にするサインは、次の五つです。
一つ目のサインは、ファイルの数が「事業数×更新回数」で増え続け、最新版がどれか分からなくなることです。事業ごとに一つのファイルを作り、毎月の更新のたびに日付を付けて保存する。さらに、経営会議用、金融機関提出用、共同事業者向けと、用途ごとに別のファイルが作られる。事業が二十件あれば、一年で数百のファイルが生まれます。共有フォルダの中で、どれが最新でどれが正式な数字なのかを判断できるのは、ファイルを作った担当者本人だけ、という状態になります。
この二つ目のサインについては、私自身の苦い経験があります。支援先の会社で事業収支表を点検していたとき、ある事業の利益率が、他の似た事業に比べて不自然に高いことに気づきました。調べてみると、数か月前に誰かが費用の明細の行を追加した際、合計の計算範囲にその行が含まれておらず、数千万円の費用が合計から漏れていたのです。そのファイルは、何か月もの間、経営会議の資料の元データとして使われていました。エクセルは、誤った数字も、正しい数字と同じ顔をして表示します。そこに誤りがあることを、ファイル自身は教えてくれないのです。
二つ目のサインは、関数や参照が複雑化し、少し触るだけで数字が壊れる状態になることです。事業収支表は、販売価格や建築費の前提を変えると、利益や利回りが自動で計算されるように作られています。便利な反面、シートをまたいだ参照や、条件分岐を重ねた関数が積み重なっていきます。誰かが行を一行挿入しただけで、別のシートの参照がずれ、利益の数字が静かに変わってしまう。しかも、その誤りに誰も気づかない。これは、エクセル管理において最も怖い状態です。
三つ目のサインは、全事業を横断して合計を見るために、毎回手作業で集計し直す必要があることです。会社全体で今期の売上がいくらになりそうか、来期の資金需要がどれくらいになりそうか。こうした問いに答えるには、すべての事業のファイルを開き、必要な数字を拾い出し、集計用のファイルに転記しなければなりません。事業ごとにファイルの形式が微妙に違えば、転記の作業はさらに煩雑になります。月末になると経営企画や経理の担当者がこの集計作業に何日も費やしている、という会社は少なくありません。
四つ目のサインは、管理上の数字と会計上の数字が合わないことです。エクセルの事業収支表で管理している原価の累計と、会計システムに計上されている仕掛販売用不動産の残高が一致しない。その差異の原因を調べるために、また多くの時間が費やされます。支払いの計上時期のずれ、按分の方法の違い、単純な転記ミス。原因はさまざまですが、差異が常態化すると、経営陣はどちらの数字を信じればよいのか分からなくなります。
五つ目のサインは、見通しの更新が止まることです。当初の事業計画はしっかりと作られているのに、その後の見通しの更新が、担当者の手が空いたときにしか行われない。気づけば、経営会議に出ている見通しの数字が数か月前のままになっている。これは、ファイルの更新と集計の手間が大きすぎて、担当者が日常の業務の中で見通しを更新し続けられなくなっていることを示しています。
これらのサインが一つでも出始めたら、それはエクセルというツールの限界ではなく、管理の仕組み自体を見直すタイミングが来ている合図だと考えるべきです。特に注意していただきたいのは、これらのサインが、担当者の頑張りによって見えにくくなっていることが多いという点です。優秀で責任感の強い担当者ほど、残業をしてでもファイルを整え、集計を間に合わせ、差異を埋めようとします。その結果、経営陣には「エクセルでも問題なく回っている」ように見えてしまうのです。仕組みの限界を、個人の努力が覆い隠している。この状態が長く続くほど、いざ担当者がいなくなったときの影響は大きくなります。
五つのサインのうち、いくつ当てはまるかを、ぜひ一度確かめてみてください。私の経験では、事業が十件を超えるあたりから、ほとんどの会社で三つ以上のサインが見られるようになります。事業の数が増えるスピードに、管理の仕組みの成熟が追いついていない状態です。会社が成長していることの裏返しでもありますから、悲観する必要はありません。ただし、放置すれば、成長そのものの足かせになっていきます。
また、これらのサインは互いに連鎖しています。ファイルが乱立するから集計に時間がかかり、集計に時間がかかるから見通しの更新が止まり、更新が止まるから会計との差異の原因が追えなくなる。一つのサインを個別に解消しようとしても、根本にある仕組みを変えない限り、別のところから同じ問題が噴き出してきます。
ここで挙げた五つのサインは、エクセルという道具に固有の問題というより、「共有と履歴と統制の仕組みを持たない管理」に共通する問題です。したがって、同じ問題は、表計算のクラウドサービスに移しただけでは解決しません。共同編集ができるようになっても、管理の形式やルールがなければ、ファイルの乱立が「タブの乱立」に置き換わるだけです。
サインが見えたときに大切なのは、担当者の頑張りでその場をしのぐのではなく、なぜそのサインが出ているのかを経営の課題として取り上げることです。月末の集計に何日かかっているのか、経営会議の資料はいつ時点の数字なのか、会計との差異はいくらあるのか。これらを数字で把握するだけでも、改革の必要性は社内で共有しやすくなります。
属人化のリスク:担当者が異動・退職したら何が起きるか
エクセル管理の最大のリスクは、ファイルの構造や関数の意味が、作った本人にしか分からなくなることです。いわゆる属人化です。担当者が異動や退職をした途端、後任者はブラックボックスになったファイルを前に立ち往生してしまいます。
私はこれまで200社を超える企業の経営管理の支援に携わってきましたが、引き継ぎの際にエクセルの中身を誰も説明できず、結局一からやり直したという相談は決して珍しくありません。ある中堅の不動産会社では、十数件の開発事業の収支管理を、ベテランの担当者一人がエクセルで担っていました。その方が急な病気で長期の休職に入ったとき、残されたのは数百のファイルと、複雑に絡み合ったシートでした。どのファイルが最新なのか、この数字はどこから来ているのか、この調整額は何のためのものなのか。誰にも分かりませんでした。金融機関への定例の報告の期限が迫る中、経理部長と私で数週間かけてファイルを解読し、数字を再構築することになりました。
この会社の事例で印象的だったのは、ファイルの中に「手入力の調整額」が数多く埋め込まれていたことです。関数で計算された数字の横に、説明のない数字が直接入力されている。担当者に後日確認すると、それぞれに合理的な理由がありました。共同事業者との費用負担の取り決め、設計変更に伴う追加費用の見込み、販売価格の値引きの見込み。しかし、その理由はファイルのどこにも記録されておらず、担当者の頭の中にしかありませんでした。数字の「根拠」が組織に残っていなかったのです。
属人化のリスクは、担当者がいなくなったときだけに現れるわけではありません。担当者がいる間も、組織は静かにリスクを抱えています。担当者以外の誰も数字を検証できないということは、誤りがあっても誰も気づけないということです。また、担当者が意図的でなくとも、楽観的な前提を置き続ければ、その前提は誰にも問われないまま事業計画の数字に反映され続けます。不動産事業のように一件の金額が大きい事業では、一つの前提の誤りが、会社全体の業績に大きな影響を与えかねません。
もう一つ見落とされがちなのが、属人化が人材の成長を妨げるという点です。特定の担当者に管理が集中していると、若手がその仕事を覚える機会がありません。ベテランの担当者自身も、日々のファイル管理と集計に追われ、本来の仕事であるはずの事業の分析や改善の提案に時間を使えなくなります。属人化した管理は、担当者を「ファイルの番人」にしてしまうのです。
ここで強調しておきたいのは、属人化は個人の能力の問題ではなく、仕組みの設計の問題だということです。担当者は、与えられた道具と時間の中で、最善を尽くして管理を回してきたのです。問題は、組織として管理のルールや形式を定めず、個人の工夫に委ねてきたことにあります。属人化を解消するには、担当者を責めるのではなく、誰が担当しても同じ手順で同じ数字にたどり着ける仕組みを、組織として整えることが必要です。
属人化を解消するための第一歩として、私が支援先でお勧めしているのは、まず「数字の根拠を記録に残す」ことです。見通しの前提を変更したときには、その理由を必ず書き残す。手入力で調整額を入れる場合には、その内容と根拠を記録する。これはシステムを導入する前からでも始められる取り組みです。ただし、エクセルのファイルの中でこれを徹底しようとすると、記録の場所も形式もばらばらになりがちです。根拠の記録が、数字の変更と一体となって自動的に残る仕組みを持つことが、属人化を根本から断つ方法になります。
また、属人化の解消は、担当者本人にとってもよいことだと伝えることが大切です。自分にしか分からない管理を抱えている担当者は、休暇を取ることさえ難しくなります。仕組みが整えば、担当者は集計や確認の作業から解放され、事業の分析や改善の提案といった、より価値の高い仕事に時間を使えるようになります。属人化の解消は、担当者の役割を奪うことではなく、担当者の役割を高めることなのです。
属人化のリスクは、会社の成長の段階によっても姿を変えます。創業期や事業の数が少ない時期には、社長自身や創業メンバーが数字を把握しており、属人化はむしろ意思決定の速さにつながっていました。しかし、事業の数が増え、社員が増え、上場や金融機関からの大型の資金調達を視野に入れる段階になると、特定の個人に依存した管理は、会社の成長を止める要因に変わります。上場審査や金融機関の審査で問われるのは、社長や担当者が優秀かどうかではなく、組織として数字を管理できる体制があるかどうかだからです。
私がホリプロで経営企画を担当していた頃にも、作品や公演ごとの収支の管理が、担当者ごとの工夫に委ねられている場面を目にしました。業界は違っても、一件ごとに条件が異なるプロジェクトを数多く抱える組織では、同じように属人化が起こりやすいのです。そのときに学んだのは、形式を統一することへの現場の抵抗は、その形式が現場の判断に役立つと分かった瞬間に消えていく、ということでした。
属人化の解消は、一度で完成するものではありません。管理の形式を定め、根拠を記録する仕組みを整え、複数の人が同じ事業の数字を理解できる状態を少しずつ作っていく。その積み重ねが、担当者が替わっても揺るがない管理を育てていきます。
バージョン管理の崩壊が引き起こす経営判断の遅れ
「最新版_修正_さらに修正_本当の最新.xlsx」。このようなファイル名を見たことがある方は多いのではないでしょうか。笑い話のようですが、バージョン管理の崩壊は、単なる整理整頓の問題ではありません。経営判断のスピードと正確さを、直接損ないます。
たとえば、今月の全社の着地見通しを経営会議に出すとしましょう。事業担当者それぞれが自分の事業のファイルを更新し、経営企画の担当者がそれを集めて集計します。ところが、ある担当者は更新前のファイルを送ってきた、別の担当者は自分の手元で別のバージョンを修正していた、さらに別の担当者は販売価格の前提を変えたことを伝え忘れていた。こうした食い違いを一つひとつ確認し、突き合わせる作業に数日かかることは珍しくありません。その間に、経営会議の日は迫ってきます。
数字を確認するための時間が、数字を使って考える時間を圧迫している。これは本末転倒と言わざるを得ません。本来、経営会議で議論すべきなのは、「この事業の利益見通しが悪化しているが、販売戦略を見直すべきか」「建築費の上昇に対して、仕様の見直しで対応できるか」「次の土地の仕入れに進んでよいか」といった、未来の判断です。ところが、バージョン管理が崩れている会社の経営会議では、「この数字は最新なのか」「先月の資料と数字が違うのはなぜか」という確認に多くの時間が費やされます。
不動産業では、この判断の遅れが特に大きな損失につながります。土地の仕入れは、情報を得てから判断するまでの時間の勝負です。会社全体の資金の見通しや、既存事業の利益の見通しがすぐに分からなければ、魅力的な土地の情報があっても、仕入れの判断を先送りせざるを得ません。その間に、競合他社が土地を押さえてしまう。また、販売が計画より遅れている事業について、価格の見直しや販売方法の変更の判断が遅れれば、販売期間が長引き、金融費用がかさみ、事業の利益は削られていきます。
金融機関や投資家への説明の場面でも、バージョン管理の崩壊は深刻な問題を引き起こします。融資の審査や、定期的なモニタリングの報告の際に、前回提出した資料と今回の資料で数字の前提が説明なく変わっていれば、金融機関はその会社の管理能力そのものに疑問を持ちます。「どの数字が正しいのか」を自社で説明できない会社に、大きな融資を続けることはできないからです。数字の一貫性は、そのまま会社の信用力につながっているのです。
共同事業者との関係でも、同じことが言えます。共同事業では、各事業者が定期的に事業の収支と見通しを確認し合います。自社が幹事会社として数字を取りまとめる立場であれば、なおさら数字の一貫性が問われます。前回の報告から見通しがどう変わり、その理由は何なのかを、根拠とともに示せる会社は、共同事業者から次の事業でも声をかけてもらえる信頼を得られます。逆に、報告のたびに数字の前提が揺れ動く会社は、少しずつ信頼を失っていきます。不動産業において、数字の管理の確かさは、事業の機会そのものを左右する競争力なのです。
さらに言えば、バージョン管理が崩れた状態では、過去の判断を振り返ることもできません。「半年前の時点で、この事業の見通しはどうなっていたのか」「当初の事業計画から、どの時点で、何が理由で利益が減ったのか」。こうした問いに答えるには、各時点の正式な数字が記録として残っている必要があります。しかし、ファイルが乱立し、上書きが繰り返されている状態では、過去の正式な数字を特定することすら困難です。振り返りができなければ、同じ失敗を次の事業でも繰り返すことになります。事業の見通しの変遷を記録し、学びに変えることは、事業の精度を上げるための最も確実な方法なのです。
ある開発会社の社長は、私にこう話されました。「毎月の経営会議の資料が出てくるのは、月が終わってから三週間後。そのときには、もう次の月も半分が過ぎている」。この会社では、事業の見通しの集計に二週間、資料の作成と確認に一週間かかっていました。つまり、経営陣は常に一か月以上前の数字を見て判断していたことになります。管理の仕組みを見直した結果、見通しの集計はほぼ自動化され、経営会議の資料は月初の数営業日で揃うようになりました。社長の言葉を借りれば、「数字を待つ会議」から「数字で決める会議」に変わったのです。
判断の速さは、そのまま経営の選択肢の多さにつながります。見通しの悪化に一か月早く気づけば、それだけ多くの打ち手を検討する時間が生まれます。バージョン管理の崩壊は、目に見えないところで、会社からこの時間を奪っているのです。
内部統制の観点からも、バージョン管理の問題は見過ごせません。上場企業や上場を目指す企業では、決算の数字の根拠となる資料が、いつ、誰によって作成され、誰が確認したのかを示せることが求められます。販売用不動産の評価損の要否を判断する際にも、その根拠となった事業の見通しの数字を、判断の時点のものとして特定できなければなりません。ファイルが上書きされ続ける管理では、この要求に応えることは困難です。監査法人から「この見通しは、どの時点の、誰が承認した数字ですか」と問われたとき、すぐに答えられるかどうか。それが、管理の仕組みの成熟度を測る一つの目安になります。
バージョン管理の問題を解決する第一歩は、「正式な数字はここにしかない」という場所を一つに決めることです。担当者の手元の試算は自由に行ってよい。しかし、経営会議や外部への報告に使う数字は、必ずその一つの場所から出す。このルールを徹底するだけでも、数字の食い違いは大きく減ります。そして、その一つの場所を、エクセルの共有ファイルではなく、更新の履歴と承認の記録が自動的に残る仕組みにすることで、ルールは初めて確実に守られるようになります。
数字の食い違いが原因で経営会議の議論が止まる場面を、私はこれまで何度も見てきました。そのたびに感じるのは、経営陣も担当者も、誰も悪くないということです。誰もが正しい数字を出そうと努力している。それでも数字が揃わないのは、揃えるための仕組みがないからです。
プロジェクト単位での予実管理をシステム化する意味
私が朋友建設で財務を担当していた頃、複数の開発プロジェクトの収支をエクセルで積み上げ、月末になるとファイルの突き合わせに追われる日々を過ごしました。現場から上がってくる数字を集め、事業ごとの収支を更新し、会社全体の数字にまとめる。その作業だけで月の多くの時間が過ぎていきました。そして、会社が和議という局面を迎える過程を内側から経験する中で、事業ごとの数字が見えていないまま拡大を続けることの怖さを、身をもって知りました。
その後、エンプレックスでCFOを務めた際、この経験をもとに、プロジェクトごとの予算・実績・見通しを一つの基盤で管理する仕組みを作りました。それが、現在のeMplex PBMの原型になっています。ですから、システム化の意味を語るとき、私の中にあるのは、ツールの機能の話ではなく、「誰が見ても同じ数字にたどり着ける状態を、組織として持つことの価値」です。
システム化の第一の意味は、事業ごとのデータを一つの基盤に集約することです。すべての事業の当初計画、実績、見通しが同じ場所に、同じ形式で記録される。そうすれば、ファイルを探す必要も、突き合わせる必要もなくなります。全社の集計は、一つひとつの事業の数字が更新された時点で、自動的に行われます。
第二の意味は、共通のコード体系で数字を管理することです。事業ごとにプロジェクトコードを振り、土地取得費、建築費、金融費用、販売費用といった費用の区分を全事業で統一します。これによって、事業をまたいだ比較が可能になります。「建築費の坪単価は、事業ごとにどれくらい違うのか」「販売費用の比率が高い事業に共通する要因は何か」といった分析が、ボタン一つでできるようになります。
第三の意味は、会計との連動です。事業ごとの支払いや売上の計上が、会計システムと同じプロジェクトコードでつながっていれば、管理上の数字と会計上の数字の差異は大きく減ります。差異が生じた場合でも、どの取引が原因なのかをすぐにたどることができます。
第四の意味は、入力の権限と承認の流れを明確にできることです。誰がどの事業のどの数字を入力し、誰がそれを承認したのか。見通しの前提を変更したのは誰で、その理由は何か。こうした記録が自動的に残ることで、数字の根拠が組織に蓄積されていきます。先ほど述べた「説明のない手入力の調整額」は、この仕組みがあれば生まれません。
第五の意味は、見通しの変遷が履歴として残ることです。各時点の見通しが記録されていれば、当初計画から最新の見通しまで、事業の利益がどのように変化してきたのかを、いつでも振り返ることができます。これは、事業の精度を上げるための学びの材料になるだけでなく、金融機関や投資家に対して、数字の一貫性と管理の確かさを示す証拠にもなります。
システム化は、効率化の手段である以上に、経営の信頼性を支える基盤なのです。
システム化によって、経営陣の日々の見え方も大きく変わります。全事業の当初計画と最新の見通しを一覧で並べ、利益の見通しが悪化している事業を上から順に確認する。気になる事業があれば、その場で費用の区分ごとの内訳や、見通しの変更の履歴までたどっていく。事業担当者に確認するまでもなく、経営陣が自ら数字の変化の理由を把握できるようになります。こうした「一覧から詳細へ」の見方ができることは、事業の数が増えるほど大きな価値を持ちます。
なお、システム化したからといって、エクセルを完全に使わなくなるわけではありません。土地の仕入れを検討する段階での事業収支の試算や、特殊な事業の条件を検討するための一時的な分析には、今後もエクセルが最適な道具であり続けるでしょう。大切なのは、エクセルで試算した結果を、事業を始める段階で組織の管理の仕組みに正式に登録し、その後の予実管理はその仕組みの中で行うという、役割の分担をはっきりさせることです。試算はエクセル、管理は組織の基盤。この線引きが、両方の道具の良さを生かす方法です。
さらに、事業のデータが一つの基盤に蓄積されていくことには、将来に向けた大きな価値があります。過去の事業の当初計画と最終的な実績を比べれば、自社の事業計画がどのような場面で楽観的になりやすいのか、どの費用の見積がずれやすいのかが、数字で見えてきます。建築費の坪単価の推移、販売期間の実績、値引きの傾向。こうした自社固有のデータは、次の土地の仕入れを判断する際の、何よりも確かな根拠になります。エクセルのファイルが事業ごとに散らばっている状態では、このデータは事実上、使われることなく眠ったままです。管理の仕組みを整えることは、自社の経験を資産に変えることでもあるのです。
こうした仕組みは、事業担当者にとっても利点があります。自分の担当する事業の数字を、会社の共通の形式で入力しておけば、経営会議や金融機関向けの資料を個別に作る必要がなくなります。報告のための資料作りから解放され、事業そのものの推進に時間を使えるようになるのです。システム化の効果は、管理部門だけでなく、事業の現場にも及びます。
これらの意味をまとめれば、システム化とは「数字の出どころを一つにし、数字の変化に理由を残し、数字の集計を人の手から解放すること」だと言えます。この三つが実現すれば、予実管理は担当者の努力に頼るものから、組織の仕組みとして自然に回るものへと変わります。
移行を成功させるためのステップ
エクセルからの脱却は、一気にすべてを置き換えようとすると、現場の反発を招きがちです。長年エクセルで管理してきた担当者にとって、使い慣れた道具を手放すことには、大きな不安が伴います。私が支援先で進めている移行の手順を、五つのステップでご紹介します。
第一のステップは、現状の棚卸しです。今、どの事業の、どの数字が、どのファイルで、誰によって管理されているのかを洗い出します。あわせて、その数字が誰に、どのような形で報告されているのかも整理します。この作業を通じて、同じ数字が複数のファイルで二重に管理されていることや、誰も使っていない報告資料が毎月作られていることなど、多くの無駄が見えてきます。
第二のステップは、管理の形式を決めることです。費用の区分、プロジェクトコードの振り方、当初計画・実績・見通しの定義、更新の頻度と期限、承認の流れ。システムを選ぶ前に、まず管理のルールを決めます。ここで大切なのは、現在のエクセルの形式をそのままシステムに移そうとしないことです。事業ごとにばらばらだった形式を、全事業で比較できる共通の形式に整理し直す、よい機会と捉えてください。
第三のステップは、小さく始めることです。予実管理の中でも最も混乱している一領域、たとえば進行中の事業の収支の見通しの管理から着手し、小さな成功体験を作ります。対象とする事業も、最初は数件に絞ります。新しい仕組みで数字が正しく集計され、経営会議で使えることを確認できれば、現場の信頼は大きく高まります。
第四のステップは、並行運用です。一定の期間、エクセルとシステムの両方で数字を管理し、両者が一致することを確認します。並行運用は手間がかかりますが、この期間があるからこそ、担当者は新しい仕組みの数字を信頼できるようになります。私の経験では、月次の締めを二回から三回、並行して回せば、多くの場合、数字の整合性に自信が持てるようになります。
第五のステップは、対象の拡大と定着です。最初の事業で運用が安定したら、対象とする事業を段階的に広げていきます。あわせて、経営会議の資料をシステムから直接出力する形に切り替え、エクセルでの集計作業をなくしていきます。経営会議で使われる数字がシステムの数字になったとき、初めて移行は完了したと言えます。
焦らず段階を踏むことが、結果的に最短で定着させる道になります。現場を置き去りにしない移行計画こそが、成功の鍵です。
移行の過程で、現場からの反発が生まれることもあります。「エクセルのほうが早い」「今の形式のほうが見やすい」「入力の手間が増える」。こうした声は、多くの場合、正当な指摘を含んでいます。私が大切にしているのは、反発を押さえ込むのではなく、その声を仕組みの改善に生かすことです。入力の手間が増えるなら、入力項目を減らせないかを考える。今の形式が見やすいなら、その見せ方を新しい仕組みの帳票に取り入れる。現場の担当者を、改革の対象ではなく、改革の担い手として巻き込むことが、定着の最大の条件です。
移行の期間についても触れておきます。会社の規模や事業の数にもよりますが、現状の棚卸しから始めて、主要な事業の運用が新しい仕組みで安定するまで、半年から一年程度を見ておくのが現実的です。決算期末や大型事業の引渡しが集中する時期に移行の山場を重ねないよう、スケジュールを組むことも大切です。急がば回れ。その言葉は、予実管理の改革にこそ当てはまります。
そして、移行を主導するのは、経営トップであるべきです。予実管理の改革は、経理や経営企画だけの取り組みではなく、事業担当者の仕事の進め方そのものを変える取り組みです。社長自身が「これからは、この仕組みの数字で経営会議を行う」と宣言し、実際にそうすることが、組織全体を動かす最も強い力になります。
最初に対象とする領域の選び方についても補足します。私が多くの場合にお勧めしているのは、「経営会議で最も議論になっている数字」から着手することです。たとえば、進行中の開発事業の利益の見通しであったり、今後一年間の資金の見通しであったりします。経営陣が毎月必ず見る数字を新しい仕組みで出せるようになれば、その効果は誰の目にも明らかになり、次の領域へ広げる際の後押しになります。逆に、経営陣があまり関心を持っていない領域から始めると、苦労して移行しても評価されず、現場の意欲がしぼんでしまいがちです。
最後に、移行が終わった後の運用についても一言添えておきます。新しい仕組みが定着した後も、半年に一度程度は、管理の形式や運用のルールが今の事業に合っているかを見直してください。新しい種類の事業に取り組み始めた、組織の体制が変わったといった変化があれば、管理の仕組みもそれに合わせて手直しが必要になります。仕組みは作って終わりではなく、育てていくものです。
移行の際にもう一つ注意したいのは、過去の事業のデータの扱いです。すでに完了した事業のデータまで、すべて新しい仕組みに移そうとすると、膨大な手間がかかります。私は、進行中の事業と今後始める事業を優先して新しい仕組みで管理し、完了した事業については、比較や分析に必要な主要な数字だけを登録する方法をお勧めしています。過去の完璧さよりも、これからの管理の確かさを優先するという考え方です。
まとめ:エクセルは個人の道具、予実管理は組織の道具
エクセルは優れた道具です。しかし、事業の数が増え、関わる人が増え、事業期間が長くなるほど、その自由度の高さが管理の弱点に変わっていきます。不動産業における予実管理の改革とは、エクセルを否定することではなく、属人化とバージョン管理の限界から数字を解放することです。
改革がもたらすものは、作業時間の削減だけではありません。数字を信頼できるようになれば、経営陣の判断は速くなり、担当者は事業の改善に集中でき、会社は次の事業に自信を持って踏み出せるようになります。予実管理の改革は、会社の成長の土台そのものを作り直す取り組みなのです。
本稿でお伝えしたことを振り返ります。不動産業がエクセルに頼るのは、事業の多様さ、期間の長さ、事業収支表の文化という、業界の性格に根ざした理由があります。しかし、事業ごとの収支の構造、時間軸、当初計画・実績・見通しの三本立て、資金、指標、会計との整合という、本来管理すべきものをすべてエクセルで担い続けることには無理があります。ファイルの乱立、関数の崩壊、手作業の集計、会計との不一致、見通しの更新の停止という五つのサインが見えたら、仕組みを見直すときです。
eMplex PBMでは、事業ごとの当初計画・実績・見通しを共通のプロジェクトコードと費用区分で管理し、見通しの変更履歴と承認の記録を自動で残します。事業収支の試算はこれまでどおりエクセルで行い、事業の開始とともに計画を登録すれば、その後の予実管理と全社の集計は一つの基盤の上で行えます。本稿でお伝えした「試算はエクセル、管理は組織の基盤」という役割の分担を、そのまま形にできる仕組みです。
改革の第一歩は、大がかりなものである必要はありません。まずは、自社の共有フォルダを開き、事業収支のファイルがいくつあるのか、そのうち最新版がどれなのかを、担当者以外の人が判断できるかどうかを確かめてみてください。そして、経営会議に出ている見通しの数字が、いつ時点のものなのかを確認してみてください。その答えが曖昧であれば、それが改革を始めるべき合図です。
そして、その変化は、決して遠いものではありません。まずは一つの事業、一つの数字から、組織の仕組みで管理することを始めてみてください。その小さな一歩が、数年後の会社の姿を大きく変えていくはずです。
不動産の事業は、一件一件が会社の命運を左右するほどの大きさを持っています。だからこそ、その数字は、特定の個人の手元ではなく、組織の共有の財産として管理されるべきです。事業の数字が組織の中で正しく共有されれば、経営陣は先を見通して判断でき、担当者は本来の仕事に集中でき、金融機関や投資家からの信頼も高まります。
エクセルで管理を支えてきた担当者の皆さんの努力は、決して無駄ではありません。その努力の中で培われた事業の知識や、数字を見る目は、新しい仕組みの設計に欠かせない財産です。改革とは、その財産を個人の手元から組織の仕組みへと移し替えていく作業なのです。
私たちが提供している「eMplex PBM」は、プロジェクトごとの予算・実績・見通しを一つの基盤で管理し、全社の数字へと自動で積み上げるためのサービスです。不動産や建設のように、長期・大型の事業を数多く抱える企業が、エクセルの限界を超えるための選択肢の一つとして、ご検討いただければと思います。
エクセルは個人の道具であり、予実管理は組織の道具である。この違いを理解することが、改革の出発点になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。自社の予実管理がどの段階にあるのか、どこから手をつけるべきか迷われたときは、本コラムの関連記事もあわせてご覧ください。